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戦略としての「ABM」の取り組み方 ~BtoBマーケティングの現状と成果を出せないメカニズム~

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ABM(Account Based Marketing /アカウントベースドマーケティング)に取り組み始める日本企業が増えています。しかし、社内からの反発やマーケティング部門の孤立、ABMへの理解不足という課題に阻まれ、頓挫してしまう企業も少なくありません。

この失敗にはどういう背景があるのか。日本企業のABMに足りないものは何か。どうすればABMがうまくいくのか。

300社以上のBtoB企業のマーケティングコンサルを手がけたシンフォニーマーケティング株式会社の庭山一郎氏が、全社戦略としてABMに取り組むための手がかりを紹介しました。聞き手はトレジャーデータ株式会社の堀内健后が務めました。

庭山 一郎

庭山 一郎 氏

シンフォニーマーケティング株式会社

代表取締役

1990年にシンフォニーマーケティングを設立、代表取締役就任。製造業、IT、卸売業など300社を超えるBtoB企業のマーケティングプロジェクトを手がけ、その経験から国内・海外向けのマーケティングコンサル、運用支援と研修サービスを提供している。中央大学大学院ビジネススクール客員教授。著書に「BtoBマーケティング偏差値 UP」「究極のBtoBマーケティング ABM」ほか多数。

<目次>

日本企業のBtoBマーケティングが抱える課題

「日本のBtoBマーケティングは、アメリカやヨーロッパと比べて約15年後れている」

庭山氏はよく講演でそう話すのだという。たしかに、アメリカで2000年に普及が始まったMAが、日本に入ってきたのは2014年だ。

それでもここ5年10年でマーケティングを始める日本のBtoB企業は大きく増えた。デジタル化の進みにくいと言われる大手製造業でも、MAやCRMの導入が増えている。

問題は、新たに設立されたマーケティング部門が社内で孤立してしまうケースが多いことだ。庭山氏にも「どうしたらよいか」という相談が寄せられるという。これはマーケティング部門の人間だけが悩めばよい問題ではない。会社全体で解決に臨むべき問題だ。

新たにMAを導入する企業は多くても、そのMAを既に導入済みの営業部門のSFAとつなげて活用できている企業は1割以下だと庭山氏は話す。つなげるべきデータをつなげ、各部門が連携して動けるように、企業全体の体制が設計されていないのだ。

経営者が『マーケティングオリエンテッドの会社に変える』という強い意志を持たない限り、マーケティング部門は必ず孤立する」と庭山氏は断言する。

中期経営計画で「マーケティングの強化」を謳う日本企業は多い。庭山氏が書籍「BtoBマーケティング偏差値UP」のタイトルに込めたのは「会社全体の『マーケティングの偏差値』を上げない限り、マーケティングの強い会社にはなれない」というメッセージだ。

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日本企業のABMが上手くいかない2つの理由

今回のテーマであるABMに取り組み始める日本企業も多い。しかし、ほとんどの企業が上手くいかず、スタックしている。

原因は主に2つある。「ガバナンスの問題」と「データとコンテンツマネジメントの問題」だ。

ガバナンスの問題――「俺の客」を「会社の客」に

ガバナンスの問題、言い換えれば「俺の客問題」は日本企業、特に歴史のあるエンタープライズ企業に多いという。

ABMは自社にとって高い価値を持つ顧客、つまりお得意様からの売り上げを最大化するマーケティング手法だ。日本企業では多くの場合、古参の営業社員がアカウント営業としてお得意様を専任担当し、深い関係を築いてきた。

いざABMを始めようとお得意様情報の提供をお願いした際、「MAだか何だか知らないが、俺の名刺データは入れないよ」「俺の客に勝手に電話するな」と担当営業から反発されるケースが多くあるという。

お得意様の担当営業は企業の売り上げのうち多くの割合を作り出しており、実力もあり信頼されている。社内の政治力も強く、上記のような言い分が通ってしまうのだ。

しかし、ABMは「全社戦略」として取り組まないと成立しない。「戦術」には自由度を認めるべきだが、「戦略」には特定の顧客のデータだけ提出しないという自由を認めてはならないのだ。「俺の客問題」を解決し、「会社の客」に対して全社一丸で取り組まなければABMは成功しない。

データとコンテンツマネジメントの問題

欧米企業の場合、多くの意思決定プロセスはトップダウンなので、経営陣のデータさえ持っていればABMを実施できる。

一方日本企業の意思決定プロセスは、稟議を経たボトムアップだ。経営陣だけではなく、稟議を書く可能性のある社員のデータを幅広く持たなくてはならず、必要とされるデータの量が圧倒的に多い

加えて、日本語はアルファベットやカタカナに表記ゆれが発生しやすく、名寄せの手間がかかりデータマネジメントがしにくいという問題もある。例えば、「IT」「アイティ」「アイティー」「アイ・ティー」といった具合だ。

欧米と日本の環境の違いを理解し、必要な情報を適切に管理しなくてはならない。

ABMはデジタルの力を借りて展開すべき

どんなに有能なアカウント営業でも、人間である以上時間と肉体の制約がある。ターゲットアカウントの社内の人間すべてと面識を持ち、強いつながりを作るのは難しい。

彼らは長年の経験から少数のキーパーソンを見つけ出してグリップしているからこそ、既存の売り上げを守ることができている。しかし制約がある以上、これ以上の売り上げは見込めない。

そこでデジタルを使ってABMを展開するのだ、と庭山氏は言う。

例えばデータベース内にはターゲットアカウントに所属する127名のデータがあっても、アカウント営業が実際に会ったことがあるのは9名のみ、というケースはよくある。アナログな営業活動だけに頼っていては面識のない人達には情報が伝わらない。

そこでデマンドセンターがデジタルを利用して残り118名にコミュニケーションを取れば、情報を伝えることができる。営業活動をデジタルでサポートするのが、マーケティングのDXだ。

デジタルが得意とするのは「多くの対象に向けて同時に情報を発信すること」と「情報を受け取った人の反応をセンサリングすること」だ。

たくさんの人に情報を伝えて反応をセンサリングすれば、興味のある振る舞いをした人間をリストアップできる。あとはそのリストをアカウント営業に渡せば、得意先の意思決定プロセスを熟知しているので、適切な対応をしてクロージングできる。

ターゲットアカウントとの関係が「点と点」から「面と面」になるのが、ABMの基本構造だ。点のみでつながっていると、他の点を競合に奪われてしまう場合もある。面でターゲットアカウントをグリップすることは、競合がつけ入る隙をふさぐことにもつながる。

ABMが「究極のBtoBマーケティング」と言われる所以だ。

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BtoBのデータマネジメントの肝、カバレッジ分析

ABMに必要なデータが自社にどのくらい揃っているのかを把握するには、カバレッジ分析が便利だ。

縦軸をターゲットアカウント、横軸を部署にした表を作り、アカウント×部署ごとに所属している人のデータをどの程度取得しているのかを数値化し、ターゲットアカウントの情報カバレッジ(網羅率、カバー率)を可視化する。

当然ながらデータがないところには情報を届けられないので、ABMで商材を売ることはできない。もし現時点でデータがないセグメントをターゲットとした商材を持っているならば、リードデータを収集するところから始める必要がある。

同じ企業でも部署ごとに必要とする商材や情報は異なるので、ABMを始めようとするならばこのように部署ごとにデータ分析をすべきだ。企業ごとでは分析が粗すぎる。

ファーストパーティデータの重要性

BtoBにおいて、基本的にアノニマス(匿名)データはリードデータにカウントしない。単価が高く営業によるクロージングを基本とするので、どこの企業の誰なのかが分からなければ案件化できないからだ。

数年前まではサードパーティデータやセカンドパーティデータを購入して紐づけるのがトレンドだったが、費用に見合う成果が出ないのが分かってきたのとCookie規制の問題もあり、現在はファーストパーティデータ立脚してマーケティング戦略を再構築するのが世界のトレンドだ

例えば問い合わせや資料請求のコンバージョンで獲得したファーストパーティデータを、Webサーバーにログの残ったアノニマスな「誰か」のデータと紐づければ、個人を特定することもできる。

その企業の「誰か」ではなく、企業に所属する「個人」としてスコアリングすることが重要だ。ある企業のグローバルIPから何度もアクセスがあったので「これはホットだ」と思っていたら、実はただの巡回プログラムだったというのでは笑い話にもならない。

ABMに関する質疑応答

質疑応答コーナーではABMに関するものからマーケティング全般に関するものまで、非常に多くの質問が寄せられた。ここではABMに関連する質問とその回答を抜粋して紹介する。

──Q. 庭山さんイチオシのアカウント選定方法や手順を教えてください

庭山氏:スタート時においては、営業が行きたい会社の・行きたい部署の・会いたい人をターゲットにすれば間違いありません。結局マーケにとって一番のストレスは、自分が作った案件を営業が真面目に追ってくれないことです。ではどこならば追ってくれるのかというと、営業する本人が行きたいところです

以前、マーケティングアンチで非協力的な営業さんに「どこなら追ってくれるんですか」と聞いたところ、冗談半分で国内最大手の大企業を挙げられたことがあります。アポを取れるわけがないと思われていたのでしょう。

そこで私は「そこのアポが取れれば本当に追ってくれますね」と確認して言質を取りました。ここまでの握りができれば、もうこれはABMになってしまうんですよ。あとは先方が欲しい情報を分析して渡せばいいだけです。狙い通り「もっと情報が欲しい」と返答があり、アポを取ることができました。

それを伝えたときの営業さんの顔といったら、以前と同じ人とは思えませんでしたね。それ以来すごく仲良くなり、他部署にも紹介してもらえています。こういうケースもあるので、とにかくその会社の営業さんの役に立つことを第一義的に考えるようにしています。

──Q. 営業が接触した少人数の名刺情報しかデータベースで管理されておらず、マーケティング部門がデジタルアプローチできるのも少人数のみ、という状況を打開するにはどうすればよいでしょうか。

庭山氏:私がクライアントの状況を把握する際には、MA内のデータ、個人の名刺ホルダー、段ボール内の展示会で集めたアンケート等々を含めた社内にあるすべてのデータを出してもらいます

特に日本における「名刺」は、初対面時に名刺交換をする慣習があるので獲得コストが低く、特定電子メール法における同意も取れているという天下無敵のデータです。「とりあえず名刺交換」の慣習がない欧米からはうらやましがられます。

まず営業や幹部から眠っている名刺を引きずり出せないか、がんばってみてはどうでしょうか。

──Q. アカウントデータを整理する際、それぞれの会社で部署名がばらばらだったり、部署名が同じなのに違う役割を持っている場合があります。こういう場合どうしたらよいですか。

庭山氏:会社の役職は100以上あり、細かく見ていくとキリがないので、ざっくりやる必要があります

たとえば事業本部長、執行役員以上は全部「Cクラス」、課長補佐以上で事業本部長未満は「マネジメント」、それ以下は「ノンタイトル」という形にすれば、3つに分けられます。ここは非常にセンスが問われる領域ですね。

慣れた人間なら「こういう分け方をすると後々破綻する」というのが分かるので、プロと一緒にルールを決めていくのがよいと思います。

──Q. ABMを始めるにあたり、ベテラン営業をどのように納得させていますか?

庭山氏:以前の私はデータを出してロジカルに説得していましたが、今はやめています。理屈で説得しようとすると理屈で返されるんですよ。そして当たり前ですが、現場を知っている人間の理屈のほうが絶対強いんですね。

今は社長に「『ABMでやるんだ』と宣言してください」と頼み、それを錦の御旗にしています。「俺の客問題」が発生しても、社長の言葉を水戸黄門の印籠のように出して「あなたの会社がやるって言ってるんですよ」と説得し、名刺データを出してもらいます。

そこから成果さえ出せれば「ABMって大したもんだね」と納得して協力してもらえるんです。ロジカルに説得するよりも、実績を作ってその人の役に立つ方が早いと思います。

──Q. 新規顧客の攻略でABMのような取り組みを実施できますか? できる場合、何かポイントはありますか?

庭山氏:まずはピンポイントで攻め込んで、入ってからクロスセルで横展開するやり方ならば新規獲得にも使えます。

その場合、アンカーとなる商材があったほうがよいと思います。あれこれ売ろうとするのはよいですが、「何でもできます」は「何もできない」と同義です。

──Q. ターゲットアカウントが複数ある場合、全体向けにコンテンツを作っていくべきか、個々の企業向けにクローズドなコンテンツを作っていくべきか、何かポイントはありますか?

庭山氏:マーケターは特定企業の課題にズバッと刺さるコンテンツを作りたがるし、気持ちはわかります。ただ日本の場合特に、あまりクローズドにすると気持ち悪がられるんですよ。

たとえば、町で会った知らない人間に突然「あなた胃潰瘍ですよね」と言われたら、実際に自分が胃潰瘍であったとしても「なんで知ってるんだ、気持ち悪い」と思いますよね。

それと同様に、いきなり自社の課題をピンポイントに指摘されると素っ裸にされたような気分で気持ち悪いんです。だから最初は大きな投網をかけて、だんだん絞っていくのが大事です。

──Q. 意思決定者が1人や2人の場合ABMは必要ないとおっしゃっていましたが、その会社の意思決定に従業員の意見が影響する場合はABMを活用できますか?

庭山氏:我々がデータ分析をする際、たとえば製造業ならばターゲットアカウントの人間を「オペレーショナルユーザー」「テクノロジーユーザー」「エコノミカルユーザー」の3つに分類することがあります。

「オペレーショナルユーザー」は機械等を実際に使う人、「テクノロジーユーザー」はシステム選定の主導権を握り、稟議を書く人、「エコノミカルユーザー」は実際に財布を握っていて決裁権を持つ人です。

オペレーショナルユーザーはシステム選定には関わりませんが、「使いづらい」「サポートが悪い」等のネガティブな思いを持たれると、次の選定で非常に不利になります。だから意思決定に関わっていなくてもケアする必要があります。

テクノロジーユーザーとエコノミカルユーザーでは興味のあるものが異なるので、渡すべき情報も異なります。テクノロジーユーザーは選定のコアな情報を欲しがりますが、エコノミカルユーザーはそれほど技術に詳しいわけではないので、他社の事例や業界全体の流れを気にする傾向があります。

ユーザーデータをセグメントしておき、興味のないデータをなるべく送らないようにするのが非常に大事です。

──Q. ABMでアプローチできていない部門にアプローチする際、マーケティングとして行える施策にはどういうものがありますか?

庭山氏:まず関連会社を含めた全社内で使える個人情報をすべて集め、名寄せをして企業と個人に紐づけてカバレッジ分析をするのがスタートです。そこで既に十分なデータが揃っていれば、分析結果に基づいてすぐキャンペーンを始められます。

アプローチしたい部門のデータが足りなければ、リードジェネレーションをしてデータを集める必要があります。その際、手元にあるデータのどこが手薄か、すぐにデータを入手できそうな部門や時間がかかりそうな部門はどこか、必ず現状を把握しておいたほうがよいです。手薄なところに売りたい製品がなければ問題ありませんが、製品を売りたい先のデータがないのが一番の悲劇ですからね。

──Q. ABMでのスモールスタートにはどういうものがありますか?

庭山氏:ターゲットアカウントの数をしぼるのも、製品・サービスの数をしぼるのもありです。期間を限定するのもありですね

ただし、予算が少ないからといってあまりお粗末なマーケティングをしてはいけません。ABMの対象になるのは基本的に「お得意様」と呼ばれる顧客なので、失礼があればクレームに発展し、アカウント営業から怒鳴りこまれることになります。

──Q. マーケティングチームの人数はABMでできることに影響しますか? 少人数でABMを実行する場合はどうしたらよいですか?

庭山氏:まず前提として、ABMをやろうがやるまいがデマンドセンターは必要です。もしデマンドセンターのない組織でABMをやろうとしているなら、リスクしかないのでやらないほうがいいと思います。

デマンドジェネレーションができていれば、それほどリソースを増やさずともABMは可能です。まずデマンドセンターを作って通常のデマンドジェネレーションをしっかりやり、それができるようになったら特定のターゲットにフォーカスをしてABMを始める、という順番がよいと思います。

デマンドセンターの適正規模は、生み出したいMQLもしくはSALの金額から逆算して算出します。5人のデマンドセンターに5,000億分の案件を作らせるのは現実的ではありませんよね。

マーケ・営業の相互扶助と全社戦略がABM成功のカギ

孤立したマーケティング部門の中で、うまくいかないABMに悩むマーケターは多いのかもしれない。しかし、そこを乗り越えた先にABM成功のカギがある。

マーケティング部門がデータを活用して営業をサポートし、営業はそれに応えて成果をあげる。それができる体制を全社で構築することができれば、成功はぐっと近づくだろう。

トレジャーデータ株式会社

2011年に日本人がシリコンバレーにて設立。組織内に散在しているあらゆるデータを収集・統合・分析できるデータ基盤「Treasure Data CDP」を提供しています。デジタルマーケティングやDX(デジタルトランスフォーメション)の根幹をなすデータプラットフォームとして、すでに国内外400社以上の各業界のリーディングカンパニーに導入いただいています。
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