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もはや企業課題の「再生エネルギー利用」、デジタルで解決するには【後編】

福本 勲の『プラットフォーム・エコシステム』見聞録(08)

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前編でお伝えした通り、米アップルはサプライヤーに対して、製品の製造に100%再生可能エネルギーを利用することを求めています。つまり同社のサプライチェーンに入るには、再生可能エネルギーの導入を図るしかありません。こうした動きは同社にとどまらず、再生エネルギーの利用はもはや企業課題になっています。「脱炭素」に向かう欧米の動向と、日本の現状について紹介した前編に続き、後編となる本稿では、再生エネルギーの活用の鍵となるデジタル技術について解説します。

再生可能エネルギーの「発電効率」向上に向けた取り組み

再生可能エネルギーの調達コストが高い日本にまず求められるのは、発電効率の向上による発電コストの削減です。発電効率は年々向上してきているものの、主要エネルギーとして利用するためにはさらなる改善が求められています。

国土の狭い日本では、再生可能エネルギーを生成するために必要となる規模の発電施設を設置できる場所が限られます。また、地形が複雑なため、発電効率の良い場所を探すのも容易ではありません。地熱や風力などのエネルギーは、場所を厳選しなければ発電量が少なくなってしまいますが、多くの候補地の周辺環境を現地調査して発電効率の高い地域を絞り込むには時間とコストがかかります。

このような地理的な制約があるため、日本ではシミュレーションによる適地選定の効率化が推進されています。候補地に関する地理情報システムのデータと流体シミュレーション技術を連携し、発電効率をシミュレーションするなどの技術開発も行われており、調査の時間とコストを削減しつつ、高効率な発電を実現できる立地を探す取り組みが進んでいます。風力発電の場合は、山間部など複雑な地形を3Dモデル化し、その中を吹いてくる風の流れを数値流体解析でシミュレーションすることにより、風力発電の適地を選定します。そのほか、風力発電装置の最適な配置のシミュレーションも行われています。

また、発電設備の日々の運用で適切な保守・メンテナンスを行えば、発電効率の向上が期待できます。例えば、太陽光発電システムや家庭用燃料電池で発電された電気を家庭などの環境で使用できるように変換するPCS(Power Conditioning System)の稼働状況をIoTによって遠隔監視し、それが止まるような事象を可能な限り排除し、外部要因などでPCSが止まった場合でも速やかに再起動をかけられるようにすれば、発電設備の稼働率を高めることができます。

筆者が勤務する東芝グループは、クラウドサービスを用いた遠隔監視システムにより、太陽光発電および風力発電向けの運用・保守サービスの提供を推進しています。太陽光発電では、遠隔監視データに基づいて性能低下を検出してその要因を自動で特定するソリューションを開発し、風力発電では、運用・保守サービスの効率化と稼働率の向上を目的とするトータルソリューションを開発し、提供を始めています。

再生可能エネルギーの「利用効率」を高めるバーチャルパワープラント(VPP)

再生可能エネルギーは自然現象から得られるものが多く、季節や時間、気候、天候などにより発電量が大きく変動するため、発電量のコントロールが困難で、複数の電源を組み合わせて利用されています。このような再生可能エネルギーの特性から、発電したエネルギーの利用効率を高める仕組みづくりが求められています。

送配電事業者(電力会社)は電力を安定的に供給するため、電気の使用量に応じて、天候によって大きく変動する再生可能エネルギーの発電量を瞬時に調整し需要と供給のバランスを整合させる必要があります。このバランスが崩れると電気が不安定になったり、停電を引き起こしかねないからです。また、発電した再生可能エネルギーをムダなく使うには、発電量や需要量などを予測し、それらを調整するために発電設備や蓄電設備を制御する技術が重要になります。

再生可能エネルギーの利用促進を支えるデジタル技術の活用事例として、東芝グループが展開しているのがバーチャルパワープラント(VPP:仮想発電所)です。

近年、日本でも太陽光発電などの発電設備がオフィスや住宅に設置されるとともに、電気自動車や蓄電池、ヒートポンプなども普及が進みつつあり、エネルギーを蓄える仕組みが各所に点在しています。VPPは、これらの地域に散在する複数の発電・蓄電設備をサイバー空間上で束ね、電力消費状況、発電量、蓄電池の稼働状況などのデータをもとに設備を制御することで、電力網の需給バランスを調整し安定的な電力供給を実現する仕組みです。

東日本大震災以降、大規模な発電所に依存していた従来型のエネルギー供給システムが見直され、再生可能エネルギーの普及が進んできました。しかし再生可能エネルギーは天候によって発電量が大きく左右されるため、普及が進むにつれエネルギー供給が不安定になることが避けられません。発電量の変化を吸収する調整力を持つVPPは、再生可能エネルギーの供給過剰分の吸収、電力不足時の供給などに貢献できると期待されています。

バーチャルパワープラント(VPP)の概念図(提供:東芝) (参考:YouTube https://www.youtube.com/watch?v=mTVy-u2l5cI)

サイバーフィジカルシステム(CPS)によるエネルギーシステム全体の最適化

日本政府が唱えるSociety 5.0では、社会のあらゆる活動がサイバーフィジカルシステム(CPS)によりサイバー空間と相互に連携され、社会全体として大きな価値をもたらすとされています。CPSは、現実世界の情報を収集し、サイバー空間でデジタルツイン・モデル(データモデル)やシミュレーション技術などを用いて分析して活用しやすい情報や知識に変換し、現実世界に最善策や新たな価値をフィードバックしていくというように、デジタル世界(サイバー空間)と現実世界とが共存する仕組みを実現します。

前述の発電施設の適地選定や、発電設備の遠隔監視による運用・保守、VPPの事例は、このCPSにより、現実世界のデータを収集・蓄積し、サイバー空間上で分析・シミュレーションした結果を現実世界にフィードバックすることで、再生可能エネルギーの発電効率や利用効率を上げる取り組みに位置づけられます。
再生可能エネルギーはその特性上、他の電力源と組み合わせた利用が必要となるため、再生可能エネルギーの利用を拡大するには、CPSにより、さまざまな電源を組み合わせながら全体としてムダの少ない最適なエネルギー利用を促進することが重要になると考えられます。

さらに今後は、地域のエネルギーシステムのCPSをモビリティなどの他産業のCPSと融合させ、地域社会のエネルギーシステム全体を最適化するように設計・運用することで、需要に対して周辺の電力源からエネルギーを効率的に配分し、時間や状況に応じて地域の再生可能エネルギーを高効率に利用する“地産地消”が可能になっていくでしょう。

再生可能エネルギー活用の動きは大企業だけではない

前編に記載したように、米アップルはサプライヤーに対して、製品の製造に100%再生可能エネルギーを利用することを求めています。つまりアップルのサプライチェーンに入るには、再生可能エネルギーの導入を図るしかありません。こうした動きはアップルだけにとどまりません。

2019年10月に、日本独自の電力需要家連合「再エネ100宣言 RE Action」が立ち上がりました。その最大の特徴は、電力消費量が年間10GWh未満の需要家のみを対象にしていることです。前編で述べたRE100が対象にしていなかった中小企業の受け皿となる枠組みであり、企業だけでなく、地方自治体などの行政機関、教育機関、医療機関なども参加することができます。参加要件は「遅くとも2050年までに使用電力を100%再エネに転換する目標を設定し、対外的に公表すること」であり、この点はRE100と変わりません。

このような、RE100の対象にならない企業・団体は、数にして約400万団体に上り、その電力需要は日本国内の約40~50%程度を占めると言われています。これらの使用電力が100%再生可能エネルギーになれば、日本の消費電力の半分近くを再生可能エネルギーが占めることになります。

「省エネ」に加え、「創エネ」への取り組みが重要に

脱炭素化社会を実現する上では、国家や大企業の努力だけでなく中小企業や一般家庭を含む社会全体で、電力を節電する「省エネルギー」に加えて、再生可能エネルギー発電などから電気をつくる「創エネルギー」に取り組むことが重要となります。また、ESG投資などにより再生可能エネルギーの利用拡大が求められる日本企業には、その高い技術力によって省エネルギーや創エネルギーに関する製品の開発も期待されています。

日本は欧米に比べて再生可能エネルギーの利用に後れをとっていますが、国や地域、家庭や企業などが、CPSなどのデジタル技術を活用し「創エネルギー」に取り組むことによって、再生可能エネルギーの普及も進んでいくでしょう。さらに、再生可能エネルギーの利用を拡大していく取り組みは、地域や社会全体のエネルギー利用を効率化・最適化するという効果を生み出すことにつながっていくと期待されています。

福本 勲(ふくもと いさお)

株式会社東芝
デジタルイノベーションテクノロジーセンター
チーフエバンジェリスト

中小企業診断士、PMP(Project Management Professional)


1990年3月 早稲田大学大学院修士課程(機械工学)修了。1990年に東芝に入社後、製造業向けSCM、ERP、CRMなどのソリューション事業立ち上げやマーケティングに携わり、現在はインダストリアルIoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動などを担うとともに、オウンドメディア「DiGiTAL CONVENTiON」の編集長を務める。主な著書に「デジタル・プラットフォーム解体新書」(共著)、「デジタルファースト・ソサエティ」(共著)がある。その他Webコラムなどの執筆や講演など多数。

(プロフィールは2023年7月現在のものです)

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