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経営学の視点から見る “Why DX?” |入山 章栄氏 × 堀内 健后

PLAZMA12 CROSS TALK|
早稲田大学ビジネススクール 教授 入山 章栄 氏
トレジャーデータ株式会社 マーケティングシニアディレクター 堀内 健后

 

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経営学者として早稲田大学ビジネススクールで指導する入山章栄教授は、企業がイノベーションを実現するために、「両利きの経営」とデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)の重要性を説いています。
経営学者が指摘する「イノベーションを起こすためのDXの役割」とは?
トレジャーデータのマーケティング担当シニアディレクター堀内健后が伺いました。

 

イノベーションに必要な「両利きの経営」

堀内 本日は「なぜDXへの取り組みが注目されているのか」を、改めて考えていきたいと思います。

入山 その答えを知るためには、「Ambidexterity」という考え方を学ぶ必要があります。「Ambidexterity」は経営学上の用語で、直訳すると「両利き」という意味があります。国際的に確立された考え方なのですが、日本ではあまり広くは知られていませんでした。日本の学者の間では「双面性」と訳されていたのですが、あまり直感的に理解できる言葉ではありませんよね。

私は2012年に上梓した『世界の経営学者はいま何を考えているのか』において、「Ambidexterity」に「両利きの経営」という訳を初めてあてました。この経営学の書籍では、「Ambidexterityという考え方が、海外の経営学ではイノベーションを起こす際に必要不可欠だとされている」という旨を説明したのです。

堀内 なぜイノベーションに「両利きの経営」が必要なのですか?

入山 イノベーションの基本原理は「知と知の新しい組み合わせ」です。「既存知」と「既存知」を組み合わせて「新しいアイディア」を創出するわけですね。

ただし、人間の認知には限界があります。どうしても「目の前」だけを見てしまう傾向があるのです。イノベーションに行き詰まっている企業の多くは、同じ業界に長年留まっている同じ人間によって「目の前の知と知の組み合わせ」を行うことに終始しています。

この状況を脱却するためには「遠くの知」を幅広く見ていく必要があります。目の前だけはなく、「広く知を探索する」という作業が重要なのです。「探索」なしでは、新しい組み合わせを生み出すことには限界があるわけですね。

そして、多くの「組み合わせ」の中から、利益があがりそうだと感じたものを深掘って、磨き込んでいきます。これが「深化」です。「探索」と「深化」のバランスを上手く調整していくことで「両利きの経営」が成り立ちます。

堀内 企業活動は、ともすると目先の利益を追いかけてしまいがちですよね。つまり目の前にある知にばかり目が行きがちで、その結果「深化」にバランスが傾いてしまいます。ところが、イノベーションのためには「深化」だけではなく「探索」が重要だということですね。

入山 その通りです。どうしても企業は本質的に「深化」に偏る傾向があります。特に大手企業ともなれば、予算を達成するために効率化が求められ、「探索」の比重が下がり「深化」を追い求めるようになります。短期的にはそれでもよいのですが、イノベーションに重要なのはやはり「探索」なのです。「探索」をなおざりにし、中長期的なイノベーションを枯渇させてしまっているのが日本の状況だと私は考えています。

ただ、現在では「両利きの経営」という考え方は、以前よりも浸透してきたように思いますね。昨年私が監訳した、スタンフォード大学経営大学院のチャールズ・A・オライリー教授とハーバード・ビジネススクールのマイケル・L・タッシュマン教授が執筆した書籍名がずばり『両利きの経営』です。日本を代表する企業の経営者がこの書籍を幹部に配っているという話も耳にしています。「両利きの経営」という言葉自体も様々な場所で使われるようになり、多くの経営者が意識してくださっているように感じていますね。

「知の探索」にはデジタルが必須?

堀内 「両利きの経営」の考え方が広まっている、多くの経営者に刺さっている要因はどこにあると思いますか?

入山 その答えはとてもシンプルで、現代は変化が激しく先が見えないこと。それゆえ、経営者は「両利きの経営」を意識せざるを得ないのです。以前から「変化が激しく先が見えない」という状況だったのですが、新型コロナウィルスの影響でその傾向に拍車がかかったことは、みなさんもご存知の通りです。ポストコロナ時代では様々な業種でデジタル化が進み、ますます先が見えなくなるでしょう。

環境がすぐに変化する状況では、現状維持だけでは企業は生き残れません。ですから、小さなことからでもイノベーションを起こし、企業自身も絶えず変化していかなければならないわけです。

少し話がそれますが、『両利きの経営』を共同で監訳した冨山和彦さんが興味深い話をしていました。

堀内 どのようなお話ですか?

入山 「日本では様々な業界がものすごい勢いで潰れてしまっている。その順番はデジタルが入った順番と同じである」といったお話でした。つまり、デジタルテクノロジーを基盤とした新しいプレイヤーが参入してきた業界から潰れているという意味ですね。

堀内 まさしくデジタル・ディスラプションの影響なわけですね。

入山 業界でいえば、まず家電や半導体に大きな影響がでて、次にAmazonなどの台頭で小売が苦しくなりましたよね。現在は新聞社を始めとするメディア、そして自動車にその波が来ています。今後数年で製薬にも危機が訪れると私は予測しています。このようにデジタルテクノロジー企業の参入によって業界構造が一変するということは、デジタルの重要度が増していることの裏返しです。

堀内 さすがに現在は「デジタルが重要である」と、多くの人が肌では感じるようになっていますよね。

入山 そうですね。では、なぜデジタルなのかを考えてみましょう。
先ほど私は「両利きの経営」の考え方のうち、企業は「知の深化」に重きをおいてしまいがちだと述べました。このバランスを「知の探索」側に調整することが必要だというのが私の意見です。

ただ、私のような学者が「探索せよ」と言うのは簡単ですが、実際に企業が「探索」することはとても大変です。何が当たるかはわからず幅広い知を「探索」することは、面倒で無駄に感じることでしょう。「知と知の新しい組み合わせ」を探すわけですから失敗も少なくありません。

その一方で「深化」とは、知を深堀りして磨き込むこと。つまり、基本的には同じことを繰り返し、無駄やエラーを減らし効率化する改善を続けることです。

堀内 日本人が得意とする領域ですよね。

入山 おっしゃるとおりです。ところが、この領域を日本人よりも得意とする、正確に言えば人間よりも得意とするのはAIです。

堀内 確かに機械学習や深層学習が力を発揮する領域ですよね。

入山 そうなんです。しかし、現在のAIではできないことがあります。それは「間違いをしてもチャレンジすること」です。つまり、「知の探索」は人間でなければできないのです。

だからこそ、私は「探索」がこれからの時代に重要になっていくと主張しています。「探索」には「唯一の正解」がありません。それゆえに探索を続けていくためには、その探索への「納得感」、すなわち「腹落ち感」が必須となるわけです。「腹落ち感を持ってチャレンジしていく」という人間にしかできないことに取り組み、失敗してもきちんとリカバリーして、また新たなチャレンジをしていくことが必要なわけですね。

そのように考えると、やはりDXを避けて通ることはできません。

堀内 「なぜDXが必要なのか」もう少し詳しく教えてください。

入山 これまでは「深化」の領域に人間が取り組んできました。しかし、人間のリソースには限りがあります。そこで、AIに代表されるデジタルテクノロジーによって、事業や組織の変革、つまりDXを推進することがポイントとなります。「深化」をAIに任せ、これまでその領域に割いていた人間のリソースを「探索」へ移すことが必須だということです。

イノベーションにとって「知の探索」が重要であることはお伝えした通りです。つまり、「イノベーションのキーとなる『探索』に人間のリソースを割くことができるように、AIに『深化』を任せる必要がある」。それこそが「DXが必要とされる理由」です。これはトレジャーデータとの対談だから言っているわけではありませんよ(笑)。

シリコンバレーのVCが
直接会わずにZoomを使う理由

入山 2014年にオックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授が「10年後には人の仕事の47%がAIに奪われる」という論文を発表しました。昨年末に彼とセッションをしたのですが、その際「『知の深化』はAIに代替されるが、『知の探索』は人間にしかできないのでそちらにリソースを移していくべきである」という内容を説明すると「まさにその通りだ」と賛同してくれたのです。ある職業そのものがなくなるわけではありません。「深化」をAIやRPAに任せ、人間はより人間らしい「探索」に注力すればいいのです。

堀内 なるほど、「探索」のリソースを確保するために「深化」の領域にテクノロジーを導入してDXを推進する意義がわかりました。一方で、「探索」の領域でもデジタルテクノロジーを活用することの有効性が高まっています。

例えば、現在はZoomをはじめとするウェブ会議システムが浸透しています。それにより世界中の人々とコミュニケーションをとることが容易になりましたよね。時差だけはどうすることもできませんが、シリコンバレーまで飛行機で物理的に移動する時間は必要なくなったわけです。

入山 おっしゃるとおりですね。「知の探索」は人間でなければできないと申し上げましたが、デジタルテクノロジーがコミュニケーションの手法を変化させ、拡張させることに疑いの余地はありません。

5月の中旬に、サンフランシスコでScrum Venturesというベンチャーキャピタルを創業した宮田拓弥さんとお話しする機会がありました。そこで宮田さんはおもしろい話をしていたんですよ。

ベンチャーキャピタルを運営する宮田さんのもとには、様々な起業家が投資を求めてやってきます。宮田さんは「起業家たちと初めて会うときはずっとZoomだった」と言うのです。

堀内 新型コロナウィルスの影響以前からということですか?

入山 はい、その前からです。
孫正義氏がジャック・マー氏に投資することを決めた理由は、「初対面の際に目が輝いていたから」というエピソードがありますよね。それと同じように、シリコンバレーのベンチャーキャピタリストは、まずは起業家と会って相手の目を見るものだと思っていたので私はとても驚きました。

なぜ初見がZoomなのかと聞くと、実は理由は簡単で、「その方が断りやすいから」だそうなのです。目利きのある投資家であれば、10分もあれば投資に値するかどうかの判断ができるでしょう。少なくとも「投資に値しない」という判断は即座にできるはずですが、直接会いに来てもらっていれば、30分は追い返せなかったりしますよね。ところがオンラインだと10分でも打ち切りやすいわけです。

堀内 投資家は多くの人に会いますから、ミーティングの時間が短くなることには大きな意義がありますよね。

入山 ミーティングが短くなった結果、より多くの起業家と「会える」ようになったのだそうです。宮田さんは物理的な距離に関係なく、世界中の様々な人々と短い時間でどんどん会っています。これはまさに「知の探索」ですよね。

そして、可能性がある起業家とオンラインでの面談を繰り返し、最終的に契約する段階で起業家と直接会うんです。「信頼関係を築くために一度は会う」という手法をこれまでもとっていた方は多いと思います。でも。宮田さんの方法はオンラインとオフラインの使い方が、これまでとは逆転していますよね。

堀内 「ミーティングがすぐに打ち切られる」というのは、一見すると起業家にとっては厳しくなったように感じます。でも、「会える」人数が増えているということは、チャンスは広がっていますよね。門前払いされて会えないよりも、オンラインで5分だけでも話せる意味はとても大きいと思います。

入山 実際に私自身もウェブ会議システムによって人に会いやすくなったという感覚があります。堀内さんはどうですか?

堀内 新型コロナウィルスが広まった後は、1日の大半をZoomのミーティングに費やしています。1日に十数本のミーティングをすることも珍しくありませんが、おっしゃるとおり、以前より多くの人とコミュニケーションはとれていますね。

オンラインのコミュニケーションだけでも
顧客を新規開拓するためのポイント

堀内 入山先生は「今後、世界はスパイキーになる」と書籍で予測されていました。「スパイキー」は「フラット」とは反対に「ギザギザしている」という意味ですが、最近その傾向をとても感じています。

先ほどのお話のとおり、デジタルの活用で物理的な距離による制約が大きく軽減されました。すると「同じ知的好奇心を持った人々」が「異なる知」を持ち寄って集まるオンラインの場がどんどんできると思います。この流れは「探索」に寄与しますよね。

入山 「デジタルによって世界がフラット化する。だから特定の場所に集まる意味がなくなる」とよく言われます。でも、新型コロナウィルス以前から、全く真逆の現象が起きていました。

例えばシリコンバレーには人が集まっていますよね。情報はどこにいても入手できるはずなのに、異常とも言えるほどの人が集まっています。

ただ、「ネット環境があればどこにいても手に入る情報」とは「誰でも手に入る情報」と同義です。だからこそ、信頼関係を作ってクローズドなサークルでご飯を食べながら「あの事業のためにあいつを採用しようと思っている」なんて話を直接するわけですよね。その関係性が作りたくて、シリコンバレーに人が集まります。そもそも、本当に重要な仕事の情報ってネット上には絶対に出ませんよね。

堀内 公開できない情報がたくさんありますから当然ですよね。

入山 ただし、今回、ZoomやTeamsによってリアルではない場でのコミュニケーションが格段に広がりました。

つまり、すでに信頼関係が構築できている人であれば、離れていても「ちょっとあいつと話したい」と気楽に話ができるようになったわけですよね。これは、ひいては集積型の「都市の在り方」を変化させてしまう可能性もあるでしょう。

堀内 私たちトレジャーデータの本社もシリコンバレーです。アメリカのビジネスは以前からウェブ会議システムを活用していました。ニューヨークやテキサスなど遠隔地のお客様とZoomでミーティングをしていたわけです。このような下地があるため、新型コロナウィルスの感染拡大以降もビジネスは止まっていません。

でも、日本では「コロナが落ち着いたら会いましょう」とミーティングがペンディングされることも多くあります。それまでに信頼関係が構築できていればいいのですが、そうでない相手と話す10分を作るのはかなりハードルが高いように感じます。

入山 先日、日本の経営者の方々とのミーティングに参加する機会がありました。そこで、「信頼関係がある既存のお客様とならオンラインでコミュニケーションができます。でも、新規の営業開拓が難しくなっています」という話題になったんです。そのとき、経営者の1人は「え、新規も全然難しくないじゃん」と言うのです。

彼の言葉から私なりに考えてみたのですが、「打ち合わせはちょっと先に伸ばしてください」という感覚を持っている人は、オンラインでの新規開拓は難しいと感じるのでしょう。でも、それは「オンラインではできない」と勝手に思っているだけです。デジタルのツールを使ってコミュニケーションする能力、言語を適切に扱う能力によって、結果に相当な差が生まれるのだと思います。

デジタルのコミュニケーションでは、暗黙知がより伝わりにくくなっています。それゆえに言語化能力があり、目的を相手にはっきり伝えられる人は、実はもっとオンラインで結果を伸ばせるということだと思うのです。

「腹落ち」が「正確性」よりも重要な理由

堀内 DXを推進するにあたって「両利きの経営」と同じくらい大切な考え方があるそうですね。

入山 私が「両利きの経営」と並んでもうひとつお伝えしたいのが「センスメイキング理論」です。昨年末に出版した『世界標準の経営理論』でも解説したのですが、「センスメイキング理論」では「Plausibility」を重要視します。これは「納得性」と訳される言葉なのですが、平易に言い換えれば「腹落ち」という意味ですね。そもそも「センスメイキング」にも「腹落ち」という意味があります。この理論では「正確性」よりも「腹落ち」を大切にするのです。

堀内 なぜ「腹落ち」がそれほど大切なのでしょうか?

入山 先ほども少し触れましたが、「知の探索」を推進するためには「腹落ち」が必要だからです。

これからの時代は不確実性が高く、先が見えません。このような時代に最もやってはいけないことは「正確な分析に基づいた将来予測」なのです。

堀内 なぜ「正確な分析に基づいた将来予測」ではダメなのでしょうか? 私たちのようなデータ分析のプラットフォームを提供している企業にとって、かなりインパクトのある言葉です(笑)。

入山 もちろん、AI・機械学習によるデータ分析の意義を否定しているわけではありませんよ(笑)。AIを活用することはとても重要なのですが、その分析に頼り切ってはいけないのです。なぜなら前提条件がすぐに変化するため、予測結果の変化も激しいからです。

これはAIを活用した分析だけに限らず、多くの会社が策定するファイナンシャルシミュレーションや中期経営計画も同じですよね。
「正確性よりも腹落ちを重視する」とは、自分たちはどのような会社で、どのような未来に向かって進んでいて、世の中にどのような価値を提供して、いかに利益を出すのかという大きな方向性を大切にするということです。つまり、この方向性に対する「腹落ち」を組織内で徹底させることがキーとなります。

繰り返しになりますが、「知の探索」は大変で失敗も多いので「腹落ち」がなければ進まないのです。でも、日本の企業では「腹落ち」はあまり重要視されていないと思います。例えばDXへの取り組みもそうです。

堀内 どういうことでしょうか?

入山 「DXが世の中でバズワードになっているから」とか「同業他社がAIを活用し始めたから」という理由で、なんとなく取り組んでいる企業が少なくないと感じます。失礼な言い方になりますが、「そもそも何がやりたいか」という方向がないままDXやAIのプロジェクトをスタートさせても、結局は十分に機能しないのです。

DXは「目的」ではありません。あくまで「手段」です。つまり、当然のことながら「何をしたいのか」という「目的」が明確でなければいけないわけですね。大手企業や中堅企業にこの「会社の意思」が欠落しているケースが増えているように感じます。目的もはっきりしないまま「とりあえずDX」と考えると、むしろ方向性を失ってしまうと私は危惧しています。

堀内 確かに「とにかくデータ貯めとけばいいんでしょ」と考えている企業が失敗に終わるケースは多いですね。私たちが提供しているようなSaaSのプロダクトは導入が簡単なので、目的を定めずに「とりあえず導入」する企業も少なくありません。

ただ、裏を返せばそれはすぐに解約されやすいということでもあります。私たちもビジネスですから、使い続けてもらうために提案するんですね。お客様がデータによって価値を生み出し、コストを削減しつつ売上をあげることに貢献したいのですが、それが実現できるお客様の多くは、プロジェクトの目的や経営理念を共有している組織であることが多いですね。

「東洋医学」の発想が新規事業を成功させる

堀内 私たちのお客様を振り返ってみると、最も早く導入が進んだのはゲームやウェブサービスの業界でした。顧客とオフラインでの接点はなく、すべてのコミュニケーションがデジタルで行われるサービスを有する企業です。つまり、データを取らなければ「顧客理解」が進まなかったわけです。

入山 事業によって必然的に明確な目的があったわけですね。

堀内 そうなんです。さらに明確に目的を定めた上で、必要と思われるツールをどんどん試していく企業から順番に成功している印象ですね。このように導入が成功する企業には、特徴があります。

入山 どのような特徴ですか?

堀内 「探索」と「深化」の役割分担ができていることですね。

デジタルマーケティングの領域では、現在約8,000社がツールを提供していると言われています。もちろん8,000社すべてを試すことはできませんが、「探索」するだけでもかなり忙しい。その時に、ツールの実装や運用、調整など社内を回してくれる人、つまり「深化」の部分を担当してくれる方が相方として役割分担できている企業は、成功まで早く進んでいかれる印象です。

そのような企業は得てして「小さなチャレンジ」と「小さな失敗」を繰り返しているように見えます。「小さな失敗」なので、またすぐ次の失敗をする余力があると言えばいいのでしょうか。持っている資産をすべて注ぎ込んで失敗してしまえば、やはりダメージは大きくなってしまいますよね。

入山 それは非常に重要です。私はよく「新規事業や新しい取り組みをする際に何が必要ですか?」と聞かれるのですが、2つのポイントがあると考えています。

まずは組織文化を築くことです。私はよく「西洋医学」と「東洋医学」に例えるのですが、衰弱して死が間近に迫った状態で「身体がヤバいから、もう大手術をするしかない」と聞かされても、怖くて生き延びられるとは思えませんよね。これが西洋医学的な対応で、堀内さんがおっしゃられたとおり、ギリギリの状態の企業が最後にリソースをふりしぼってチャレンジするイメージです。例えば「社運をかけた500億円規模のプロジェクトを始める」と社長が急に号令を掛けたと想像してみてください。

堀内 「劇薬」を飲んでいるようなイメージですよね。

入山 その一方で、東洋医学的な発想では日頃から身体をぽかぽかと温めておくことをよしとします。企業経営では「組織文化の醸成」に当たり、こちらが重要だと私は考えています。

具体的には小さなチャレンジをたくさんする、多くは失敗する、それでもたまに成功したときに「よかった!」と素直に喜べる文化が必要です。このようなカルチャーが浸透していれば、新規事業にも取り組みやすいですよね。

ところが、現在は多くの企業でこのような文化がないまま、「新規事業部」「戦略デザイン部」などが立ち上がっています。チャレンジをよしとする文化がなければ、新規事業に取り組む部署は既存の部署から「金食い虫」としか見られません。だからこそ、組織文化を築くことがポイントになるのです。

堀内 よくわかります。新たな取り組みをする際に大切となるもうひとつのポイントについてもお聞かせください。

入山 もうひとつのポイントは先ほども申し上げたセンスメイキング、つまり「腹落ち」ですね。「目先の正確性」よりも「中長期の方向への腹落ち」を重視するということは、10年先、理想的には20年・30年先を見据えて投資するということでもあります。

例えば、スタートアップに投資をするケースを考えてみましょう。10年先、20年先の投資対象って、当然ながらまだ小さく安いため、その分多くの企業に投資することができます。もちろん、多くは失敗してしまうかもしれませんがコツコツ投資していればいくつか当たる企業が出てきます。そして、当たった企業をいいタイミングで刈り取り、大きな事業に成長させ、自社の方向性から外れてきたら、そのタイミングで売却するわけです。

欧米のグローバル企業ではこのような投資を当たり前のように実践しています。なぜ実現できるかと言えば、中長期的「腹落ち」を持っているからです。安く買って高く売る、考えてみればこれは商売の基本ですよね。

「日本電産のM&A」と「大手企業の失敗するM&A」

堀内 日本企業の投資・M&Aをどのように見ていますか?

入山 新型コロナウィルス以前では、レガシー系大手企業が巨大な海外買収に突如乗り出したケースが増えていましたよね。もちろんすべてが悪いわけではありませんが、「それ、大丈夫?」と感じる買収も少なくありませんでした。それは「中長期的視野での腹落ち」から投資するのではなく、目先の利益を求めて巨大な企業をとても高いリスクをとって買収しているように見えたからなのです。
 
堀内 既に売上が確立されているのは間違いなくとも、買収した後にシナジーが生まれるかどうかはわかりませんよね。

入山 しかも既に売上が確立されているということは、10年後には陳腐化しているビジネスかもしれません。

私は日本電産を創業した永守重信さんを尊敬しているのですが、永守さんはずっと小さな会社を買収していたのですよ。最近でこそ中堅企業を買うようになりましたが、長年にわたって小さな企業をひたすら買収して、日本電産を成長させてきました。

永守さんは私では計り知れないほどの「スーパー経営者」ですから、脳内に「納得感」のある「事業の絵」をお持ちです。描いている絵があって、パズルのピースのように埋めていくわけですね。

ただ、日本の多くの企業は中長期的な「納得感」を持っていません。その結果、既に大きくなった事業を投資銀行に「どうですか?」と薦められて買ってしまうわけです。

堀内 日本の企業が中長期的な「納得感」「腹落ち」が持てない要因はどこにあると思いますか?

入山 日本企業の大きな課題のひとつは、トップの任期が短いことです。特に大手企業では、社長の任期が2年や3年と決まっていることが特別ではありません。これではどうしてもその任期の先までは見る気になりませんよね。

イノベーションは3年くらいで起こせるわけではありません。10年くらい掛かることを覚悟して責任を持って取り組むことが必要ですが、短い任期だとこれが難しいのです。

実際に日本の上場企業で、収益率も成長率も高い企業を見てみると、いまだに創業経営者がトップを務めています。日本電産やファーストリテイリングに代表される同族企業なのです。ファミリービジネスであれば経営者が変わりませんし、会社をファミリーと捉えるので、目先の利益よりも中長期的にどう幸せになるかを自然と大切にできますよね。ですから同族企業は結果的に、中長期的な絵が描きやすいし、「腹落ち」もしやすいのでしょう。トレジャーデータさんもそういった企業に営業するといいかもしれませんね(笑)。

「変化の習慣化」と「好奇心」

堀内 最後に読者へメッセージをお願いできますか?

入山 私の高校時代の同級生に伊佐山元さんという方がいます。彼はシリコンバレーのベンチャーキャピタル、DCMでパートナーを務めた後、自らベンチャーキャピタルを創業しました。一度、早稲田大学のビジネススクールで授業をお願いしたのですが、彼はとても熱い人間なので、社会人大学院生たちはとても刺激を受けたようです。その時ひとりの学生が手を挙げて質問しました。

「伊佐山さんの行動は本当にすごいと思います。でも、私たちのように大企業に真面目に勤めていただけの人間は、どうすれば変化を起こせるようになるのでしょうか?」

私は伊佐山さんの答えに感心したのです。

「君は社会人大学院生だよね。だったらとても簡単だよ。今日はこれから帰宅するわけだけど、降りる駅をひとつ変えてみよう」

変化をしていない人は、変化は「怖い」と感じているでしょう。でも、それは単に変化に慣れていないからです。

私自身を振り返ってみても、職を移ったり大学を出たり、今は学者かどうかわからない仕事も多くしています。かなり変化はしているのですが、慣れると「怖い」という気持ちは麻痺しておもしろいと感じますし、むしろ変化しないと心地が悪いくらいです。

堀内 変化を習慣化するわけですね。

入山 スタートは小さなことで構いません。降りる駅を変えるだけで「この駅ってこんな店があったんだ」「こんなところにこんな建物があるんだ」と気づくことができますよね。そのような変化におもしろいと感じることをどんどん習慣化して、積み重ねていくことが重要なのだと思います。

「どんな変化をすればいいんですか?」とか「『知の探索』ってどれくらいの幅まで広げればいいんです?」などと質問をよくいただきますが、それに対する明確な答えは存在しません。だからこそ、好きなことをやるしかないと思います。

Appleのフォントがキレイなのは、スティーブ・ジョブズがカリグラフィーを好んでいたからですよね。好奇心をもった分野を「探索」していたことが、後にApple製品のフォントの美しさにつながったわけです。

私は仕事柄様々な経営者の方とお会いしていますが、すばらしい経営者やビジネスリーダーは100%好奇心が強い方でした。みなさんも好奇心を持ち、変化を習慣化していきましょう。

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<プロフィール>

入山 章栄(いりやま・あきえ)

早稲田大学大学院経営管理研究科 早稲田大学ビジネススクール 教授。ピッツバーグ大学経営大学院 Ph.D.(博士号)。ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授を務め、2013年より現職。

堀内 健后(ほりうち・けんご)

トレジャーデータ株式会社 マーケティング担当シニアディレクター。プライスウォーターハウスクーパースコンサルタント (現、日本アイ・ビー・エム)、マネックス証券での勤務を経て、2013 年に参画。

 

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トレジャーデータ株式会社

2011年に日本人がシリコンバレーにて設立。クラウド型データマネジメントソリューションを提供しています。日本では2013年から本格的に事業を展開し、デジタルマーケティングやデジタルトランスフォーメションの根幹をなすデータプラットフォームとして、すでに国内外400社以上の各業界のリーディングに導入いただいています。
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