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1.7万人の大学教員によって語られはじめた「学びの未来」(ゲスト : 杉森公一さん第2回)

PLAZMA TALK #9|金沢大学 国際基幹教育院 高等教育開発支援部門 准教授 杉森 公一氏

Treasure Dataでエバンジェリストを務める若原強が各界注目のゲストを招いて対談するシリーズ「PLAZMA TALK」。

今回のゲストは、金沢大学の国際基幹教育院 高等教育開発支援部門で准教授を務め、教育開発を専門としている杉森公一さんです。

今回は教育 × デジタルについて考えていきます。本対談は3回に分けて配信いたします。

第2回は、「学びの未来」についてです。
数年前に杉森さんが行ったアクティブラーニング講義のエピソードを入り口に、教育のあり方と未来について深掘りしていきます。

「セーターを編み直す」というメタファーを用いながら、これからの大学教育や生涯学習について語る杉森さん。穏やかな語り口の対話から、新しいアイディアが広がります。

第1回目のトークはこちらから

Topics

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Treasure Dataでエバンジェリストを務める若原強が各界注目のゲストを招いて対談するシリーズ「PLAZMA TALK」。

今回のゲストは、金沢大学の国際基幹教育院 高等教育開発支援部門で准教授を務め、教育開発を専門としている杉森公一さんです。

今回は教育 × デジタルについて考えていきます。本対談は3回に分けて配信いたします。

第2回は、「学びの未来」についてです。
数年前に杉森さんが行ったアクティブラーニング講義のエピソードを入り口に、教育のあり方と未来について深掘りしていきます。

「セーターを編み直す」というメタファーを用いながら、これからの大学教育や生涯学習について語る杉森さん。

穏やかな語り口の対話から、新しいアイディアが広がります。

第1回目のトークはこちらから

Topics

アクティブラーニング入門/聴覚障害と魔法のマイク/ダイバーシティとファシリテーション/反転すべきは自分たちのマインドセット/学び方改革/「ROBOT PROOF」/3つのリテラシー/1.7万人の大学教員が参加するFacebookコミュニティ/あらためて、対面の価値に気付く/コレクティブインパクト/大学制度の再編集は起こるか/relearnとunlearn/オンラインだけでは果たせない「知識反応」/リアルとのハイブリッド/境界が消えたときになにが起こるか/知識反応/大学は人材開発工場か/一貫教育・K12・K60/未来を生きる子どもたちが編み直す「セーター」/対話から生まれるアイディア

Kimikazu Sugimori: Associate Professor, Kanazawa University
Tsuyoshi Wakahara: Evangelist, Treasure Data
Recording: 2020/04/28

※収録はオンラインにて行っています。一部背景に環境音が入っている箇所あります。ご了承ください。

若原 ではここからは視野を未来に向けて、これからの教育のあり方みたいなことを意見交換してみたいなと思います。

これは一般論ですけど、未来のことを考えるとき、何かきっかけがあると今まで気づかなかった未来が垣間見えるみ たいなことってよくあると思うんですが、何か今までの取り組みの中でそんなきっかけが生まれた例はあったりしますか?

アクティブラーニング入門

杉森 先程お話してきた、反転授業やアクティブラーニングで、初めて取り組んだ科目があるんです。

アクティブラーニング入門」という科目を作って、何年間かやってみました。
そのとき初めてやった授業の大学1年生、2年生の10人ちょっとの中に、聴覚障害のある学生がいまして。

彼は、人工内耳でFMマイクという電波で届くようなマイクがないと、話が聞こえないんです。
それで、どんな風にしようかなと・・。

私もビデオを見てきて、ビデオに字幕がついていたらわかるかな?とか、自動字幕の書き起こしが当時もあったので、それでできるかなと思ったのですが、対面をどう設計するかということに悩みまして。

聴覚障害と魔法のマイク

杉森 ファシリテーションの基礎的な技術の一つに、「魔法のマイク」という方法があるんです。

例えば、これは皆さんの大事なマイクです、と言って、黄色のペンなどを置いておくんですね。
そのペンを持った人が、1分、2分以内で話をして、話し終わったら場にそのマイクを返す、また次に話をする人が、そのマイクをとると。

これって、喋りすぎないとか、パワーバランスですかね。
私は話している、みんなは聞いている、ということをお互いにするというやり方なんです。

そのやり方を、「ワールドカフェ」という手法の中で知っていたので、じゃあ今回で大事なものって何だろう?と思ったら、その「FMマイク」だなと。そのグループでは、そのマイクが大切なものだから、持った人がそれを使って話をする。

若原 なるほど。そこを上手いことかけ合わせたわけですね。

「魔法のマイク」という手法は、もともとあった手法で、誰が話しているかとういうのを視覚化して意識づける、みたいな手法なわけですね。

そのときに、持つものはなんでもいいと思うんですけど、その持つものを聴覚障害の内耳のイヤホンにつながっているマイクにしたということですね。

杉森 そうなんです。いろんな言い方がありますけどね。「トーキングチップ」や、「魔法のオブジェクト」など、いろいろあるんです。

大抵は物体なんです。

物体を体で持つという身体性が見える化されるので、誰が話をして、注目をするかっていうのがわかるんですが、その彼にとっては、大切な情報伝達の手段であるマイクがその場では大切になる。

これは、副産物があって、模造紙も使うんです。自分が考えていることが伝わるように、みんなで書くんですね。

議論を可視化することが、いかに大切か、お互いを尊重する、多様な人たちの意見やあり方を尊重するということが、アクティブラーニングの技法の中では、共同性を生むのに大切な要素なんです。

ダイバーシティとファシリテーション

杉森 歴史を紐解いていくと、アクティブラーニングでお互いの多様性を認め合うというのが生まれた背景は、初めはアメリカの人種多様性の中で、人種の異なる人たちの意見を言い合うための技法として、生まれたらしいんです。

対話が難しいところに「共同学習」とか、そういう技法とか手法を入れると上手くいくという。
これも小学校とか、小中高で始まったんですね。

そのまま、まちづくりや、いろんなワークショップの技法に転化して、日本に伝わってきました。

現在は、「多様性」「ダイバーシティ」って言葉で言いますけど、多様性のある人々で、社会を作り出していく ということにアクティブラーニングが使われている背景っが、日本に全然伝わってきていない。

そういう意味では、「ファシリテーション」というのは、もっと別の言い方をすれば、意味ある場を作る。
参加している人、誰一人として置いていかれない。その人たちが、「自分がここにいる」っていうチェックインのあとで意見を表明して、分かち合って、価値を作っていく。

その点で、授業における彼の存在というのは大きかったなと。

もし、彼がいないアクティブラーニングの授業実践をしていたら、みんな話をした気になって、それで終わってしまって深まらなかったんじゃないかなと思ったんです。

そういう意味では、すごく感謝しています。それが、私にとっての初めてのアクティブラーニングの授業づくりだったというところは、非常に印象に残っています。

若原 それはすごく興味深い話ですね。

誤解を恐れずに言うと、例えば、聴覚障害の方にも、ちゃんと話が伝わるようにアクティブラーニングを進めないといけないという条件が重なったことが、イノベーションが起こるきっかけになって、ポジティブになるというか、ファシリテーションの本質に立ち戻れる、議論の視覚化の大切さに気づくとか、そういう新しい世界が垣間見えるきっかけになったのかなという話としてもとれるなと思いますね。
非常に興味深いなと思いました。

そういう意味で言うと、昨今外出自粛を余儀なくされるシーンも増えてきていると思うんですけど、そういったことが教える、学ぶということに対して条件として重なったとき、新たな教育の世界がポジティブに広がる可能性もあるんじゃないかなと思うんですね。

杉森さん的に見え始めている景色や感じ始めていることなど、ざっくばらんに伺ってみたいなと思うんですが、いかがでしょうか?

反転すべきは自分たちのマインドセット / 学び方改革

杉森 最初の話題とも関連するんですけど、反転すべきは、私たちの考え方やマインドセットであると。

私は、全ての人が学べ、伸び、意味ある場や社会を作り出していけるという学び方改革の部分が大きいと思うんですね。

今重ねている制約条件というのは、ソーシャルディスタンスをしっかりとる、人と会えないという制約。
これって実は、全員がいろんな障害のある人たちと似たような状況に置かれているんですね。

その中で、どうやって人と人が対話を進めていけるのか、ツールや道具を使っていくのか、というところに注目が生まれたというのは一つ大切な部分かなと思いますね。

「ROBOT PROOF」/ 3つのリテラシー

杉森 ここはちょっと宣伝になってしまいますけど、AIとか技術の話ですね。

ちょうど『ROBOT-PROOF』(ロボットプルーフ)という本を共訳したばかりなんです。

大学教育のあり方、経験に基づく大学教育をどうするかという。
この『ROBOT-PROOF』という本の副題は、『AI時代の大学教育』というのがついています。ロボット耐性、ウォータープルーフをもじってロボットプルーフと言うんですね。

若原 耐えられる性質の耐性ということですね。

杉森 ええ。ウォータープルーフならぬ『ROBOT-PROOF』(ロボットプルーフ)なんですけど、その中では、技術を理解するリテラシーと、データを理解するリテラシーが大切だと。

もう一つは、そういう技術やデータや道具を使っていく人が大切だということで、ヒューマンリテラシーという言葉が出てくるんですね。

そのヒューマンリテラシーの中に、四つの要素があると思っています。

一つは異文化を理解する力異文化や他者を理解する俊敏性(アジリティ)や、起業家精神(アントレプレナーシップ)が出てきたり。

また、批判的思考とか、その状況に対して背後にある要因を深く探るようなシステム思考という要素も出てきます。これが私たちの新しい力なのではないかと。

1.7万人の大学教員が参加するFacebookコミュニティ

杉森 どうやったら技術を活用して、新しいものを生み出していくかという、人間の力がますます求められていく。

これは、AIや機械学習では到底解決できないことだと思うんですね。

集合知、みんなでいろいろ対話を繰り返していく。そういう意味では、今生まれている大学教員の中での動きとしては、COVID-19で私たちは何をすべきかというFacebookグループが立ち上がっていて、今の時点で1.7万人参加しているんです。

若原 そんな大きなコミュニティになっているんですね。

杉森 そうなんです。最初は300人から始まったそうで。
私は3,000人ぐらいのときにモデレーターとして参画したんですけど、毎日100人から1,000人増えるんです。

そこで、道具の使い方とか、学生の支援の仕方など、毎日100件ぐらいの投稿が上がってきています。今までこんなことなかったです。

若原 ある種、共通の敵が出てきて結束力が高まる、みたいな感じですか?

杉森 共通の敵というか、共通の目的、学びをどうするか、学生をどうやって置き去りにしないでいくか ですね。それは翻って、自分をどうやって置き去りにしないでいくかという自分事ですからね。

今までは、教える、教わるという関係だったのが、こんな状態になって、自分も学ばなきゃいけなくなってくる。学生の対応力のほうがずっと高いですから。

今、200人のアクティブラーニングとかをオンラインでやっているんです。
Zoomのような仕組みを学生自身がホストして、20グループとか立ち上がるんですね。

100人、200人が一斉にアクティブラーニングをサイバー空間でするのは、難しいと私たちは思っちゃうんです。ですが、学生達は、バトンを渡しちゃえば?と。

上手くデザインすれば、みんながホスト役になって、ぱっと集まって課題解決するということが出来ちゃうんですね。
そういう意味では、学生の順応力のほうがずっと高い。

それは医学、保健学の分野のアクティブラーニング、課題解決型授業ですけど、「遠隔診療」とか「リモート診療」にあたる世界を、今大規模アクティブラーニングのオンライン学習を体験している彼らが、そのまま来年卒業して、その現場に出ていくわけなので、まさに社会を作っていくんだなと。

初めての現象をいろいろ目の当たりにして、毎日私たちが驚いているという状況です。

若原 Facebookグループの話は、改めてすごいですね。コミュニティが広がっていく勢いもすごいですけど

やりとりされている頻度や中身も、様々なやりとりが密度濃くされているんだと思うんです。
そういった、今まで起こり得なかった動きが起こっているというだけでも大きな変化につながりそうだなという感覚はありますね。

あらためて、対面の価値に気付く / コレクティブインパクト

杉森 そういう中で、やっと対面の価値や学びって何だろう?って気づき始めたと思うんですね。
これは、社会開発や組織開発の言葉で言えば、「コレクティブインパクト」という言葉があるんですね。
集合的に考えると。

いろんな方が集まって、学びの価値をどうするかという指標に対して、寄ってたかっていろんなアプローチをしていく。

そうすると、貧困が解消されていったりとか。貧困は、資金だけでは解決できないんですね。
コミュニティ開発というのは当事者性が強い分野ですから。

大学は、その中の非常に大切なファクターの一つなんですけど、学生と教員、それから社会が今、こんなに一緒になって考えようとしているって、ないと思うんですよ。

1.7万人は大学教員の20人に1人なので、こんなコミュニティ、今までになかったです。
恐ろしくコレクティブインパクトみたいなのが起こり始めていて、誰に言われるまでもなくて自然に発生している。大変不謹慎なんですけど、このコロナがなければ、起こり得なかった。

誰も望んでいないですよね。早く元に戻りたいと思っている。
戻った日常は、新しい日常になっているのだろうなと思います。気づいたら戻れないので。

若原 そうですよね。であれば、いっそのこと、この節目的な時期をポジティブに捉えて、普段では起こり得ない活動から生まれる新しい流れを上手くとらまえていきたいというのはありますよね。

杉森 そうですね。ですので、今まで皆さんが考えられてきたことの要素が、全て出てきているんじゃないかなって思います。

大学制度の再編集は起こるか

若原 Facebookグループのやりとりも、フェーズが変わっていくような気もするんですが、今まで起こり得なかったような規模で、大学の教員の方たちが集まり始めて、意見交換し始めていっているフェーズだと思うんですね。

その中で、例えば大事な観点とか大事な考え方とか、ある程度見えてきたとき、その後どんな風に、その流れが動いていくとお感じになりますか?

どういうふうに具体化されていくのか、実際の現場にどう実装されていくのか、そういった流れで言うと、どんな風になりそうなのか。なったらいいな でもいいのでお考えをお聞かせいただけますでしょうか。

杉森 「草の根」の部分と「トップダウン」の部分、二つあると思うんです。

大胆な仮説で言えば、「制度」はあるんですね。
私たち大学は、この建物や環境に対して、教員何人で学生定員は、って制度や枠組みがある中に、大学教員って立ってきたんです。

ですが、そういった枠組みをいったん取っ払って、改めて学生の学びをどう捉えるかということを考えたら、新しい大学ができるんじゃないかなと思うんです。

大学って、輸入されてきているじゃないですか。
日本に大学と呼ばれるものって、なかったわけじゃないでしょうけど、サイエンスが西洋科学ということもそうでしょうし、大学で慶應義塾が立ち上がって、帝国大学が立ち上がってという歴史の中の延長に、私たちがいる。

ですが、ヨーロッパのUniversität(ユニバルシタット)や、アメリカで言うUniversity(ユニバーシティ)というものと似て非なる状態ではあると思うんです。

ここまで進学率が上昇している中で、研究型の大学の体裁では難しくなっていることは、誰しもが理解しているところなんです。
なので、パーツがたくさん集まって、大学教育っぽくしてきたというのをいったん取り払うと。

relearnとunlearn

杉森 learnという言葉に二つの側面があって、学んだものを学びなおして、解きほぐして、また学び直すという、relearnunlearnという言葉があるんですね。

これは、ヘレン・ケラーが鶴見俊輔に言った言葉として伝わっているんです。
「私たちは、今までセーターを受け取ってきた」と。

でも大学に進んで、セーターの成り立ちを知って、解いて、自分の身の丈に合うようにそのセーターを編み直すことができるようになったという、そういう例えで言われたようです。

今、大学のunlearnとrelearnが始まっています。

こんなものだと先入観を持って捉えていたものが、情勢が変わると「本当にこのやり方でよかったのかな?」「そもそも何だっけ?」という学びのループの中で、一段外側のループが回り始めているんです。
それを促す社会は、どうあればいいんだ という深いところまで。

私たちは、なぜそもそもここにいて、私と若原さんが、こうやって話をするんだろうかと。

だって、出会わない2人が、今会って話をしているわけです。そういう意味や意義を、あまり言い過ぎると、スピリチュアルになっていくので、このぐらいにしないといけないんですが。

なんで私たちは生きているのかとか、なんで学んでいるのかというところに立ち返って、もう1回組み上げていく。セーターをもう1回、自分たちの身の丈に合うように編み直していく。

解いて、編み直していったその枠組を、大学と呼ぼうと。

若原 それ面白いですね。セーターを編み直すときに、今って日本だけでも大学ってたくさんあるじゃないですか。

杉森 780以上ですね。

若原 780以上ある大学が、編み直されたときに、780以上必要なのか?みたいな話があるのかなと思ったんです。
極論を言うと、1個でもいいんじゃないかな、とも思ったんですけど、そういったことに関しては何かお考えとかありますか?

杉森 また難しいところですね。これ、1個でもいいと言っちゃうと真っ先に首を切られてしまうので。だってオンライン大学、1個あればいいわけですからね。

若原 極論するとそうですよね。

オンラインだけでは果たせない「知識反応」

若原 この間、この同じ対談のスキームで、京都大学の総合博物館の方とお話させていただいただんです。

博物館のコンテンツもデジタル化していくと、地球博物館みたいなコンセプトができて、物理的には複数の場所に所蔵されているコンテンツも、オンライン上で上手く自分なりのグルーピング、まとめ方をして、オンライン上で見れるようになると。

オンライン上での閲覧体験と、美術館、博物館に行く体験は必ずしもイコールじゃないので、オンラインとリアルの体験って上手く組み合わせていかないとね、と。

そういう境界が溶けていくみたいな話で、今まで通りの大学の、A大学、B大学、C大学みたいな境目が、そのまま生きるのか、生きないのかというのは、考えるのが面白そうだなと思いました。

杉森 今の大学がなくなってほしいとは、私も願ってはいないです。
残っていってもいいんです。知の継承や文化継承、研究の枠組みって大切なので、上滑りしないようにですね

ただ変わるもの、変わらないものっていうのはやはりあって、それに私たちが気づいて、こうやっていろんなところに、結び目ができたわけです。

ほかの人たちみんなにも結び目ができたとき、それを全部つなげていったらどうなるか。
私はセーターの編み直しって、例えばこの地域、金沢市の中に編み直そうという話をしていない。
日本全国に大きなセーターが編み直されていく。

日本の枠組みに沿った、”それ”を何て呼ぶか?の話だと思うんですね。大学連合と呼べばいいのか。それとも、もう少し大きな集合体として見るのか、集合知として見るのか。

だから、共有できるところは共有していくんだけども、サテライトとして絶対必要なのは、そこで学んでいる大人がいて、一緒に学びに巻き込まれていく子どもたちというか学生がいること。

「知識反応」が大切なのです。

これからの時代は、知識反応の時代。知識を作って、知識が反応されていく容器や触媒が大切になるそのときには、オンラインだけではその触媒役は果たせない。オンライン大学の修了率は一般に5%です。

若原 そんなに低いんですか。

杉森 低いです。

リアルとのハイブリッド

杉森 一緒に学んでいる人がいるから、「あの先生やっぱりすごいな」とか、「あの同級生、先輩のようになりたいな」とか。

ロールモデルがそばにいて、一緒に学ぶという「学校の価値」というのが何百年も続いているのは、そういう理由だと思うんですね。

その二つのハイブリッド大学が生まれる、ということなんでしょうね。

若原 もしかしたら、リアルな場としては、複数存在していながらも、オンラインで行えることに関しては、ある意味「集合体」というか、「連合体」で共有しながらやっていく、みたいなことが起こるのかなと。

やっぱりそう伺うと、ガラッと変わる感じがしますね。

境界が消えたときになにが起こるか / 知識反応

杉森 それはパラダイムシフトなので、今まで教科書でやっていたことがそうなるだけですから。
だって同じ教科書とか、同じような知見でやってきたわけですよね。学問は、同じ枠ですよ。

地球の裏側でケミストリーを教えていても、こっちでケミストリーを教えていても同じ。各地の大学分校が、頑張ってきたという。

人類全体で頑張ってきたというか、学んできたわけです。それが境界の越境が起こって、バウンダリー(境界線)が混じり合っていく「バウンダリー・クロッシング」とか、「バウンダリー・スパニング」ということが起こると、よくある電話とiPodの境界線が消えたら「製品」が生まれるわけですよね。

そこの「バウンダリー」という境界をそのままにしておく、自分のものにしておくと、利益が生まれるんです

これはイノベーターの話ですけどね。
利益が生まれるものを、大企業が大事にとっておくか、みんなのものにするかです。

境界が結合されて、それがみんなのものになるとどういうことが起こるかというと、オープンイノベーションなので、社会が変わるんですね。

価値が生まれて社会が変わる。生まれたばかりの子どもから、高齢の世代までが発見したことが社会の役に立っていく。

知識は、どんどん枯渇していくと思うんですね。
どんどん発明が生まれて、同じことを学んでいったって何も起こらないわけですから。

そういう知識反応が起こる場として、大学というのは一つ大きな場であるし、今皆さんのご家庭の中でも起こっていることだと思うんですね。

大学は人材開発工場か

若原 この流れで、もう一つ伺いたいなと。
今のお話は、コロナ禍というある種の変極点を経た上で、大学教育というセーターが各所で1回紐解かれて、オンラインで行われることのある部分に関しては、大きな一つのセーターとして編み直されるという話だったと思うんです。

個人的に学ぶと働くって、人間が会える過程としてすごく連続性もあるし、密接していると思ったときに、働く場のセーターと学ぶ場のセーターって、一部一緒の、さらに大きなセーターになったりするようなことってあるんでしょうか?

杉森 本当そう思いますね。

さっきのアクティブワーカーの話がありましたけど、大学で課題解決の授業とか、企業と一緒にカリキュラムを作っていくということをしたとしましょうと。
受け取り手の企業が、実はそういう人は必要ありませんと言われたら、そこで話が閉じてしまう。

だから、大学が企業の利益を作るという、そういった共同研究の枠組みの話もあるんでしょうし、一緒に産学連携の教育をしていくということもあるんでしょうけども、大きな企業が、求める人材を受け渡していくということであれば、日本に大学は要らなくなる。

学びを培養していく学びの場、知識反応の場として大学は要らなくて、専門学校とか工場でいいんですね。

一貫教育・K12・K60

杉森 そうではないとすれば、境界を壊すのは、大学と大学 ではなかったというところに気づかなければいけないかもしれない。
大学と企業の境界、企業と社会の間の境界と、幼稚園から始まる幼小中高大社会までの接続ということを考えていく。

キンダーガーデン(kindergarten)のKから始まって、12歳までのK12という考え方があるんです。

K12という一貫教育を考える。それで、入試をなくしていくということだったりするんですけど、大学院の博士後期課程まで数えると、K21とかになるんですね。

若原 21年間やると。

杉森 K60でいいですよ。キンダーガーデン(kindergarten)から60年後まで。だって66歳まで働くわけですから。

若原 確かに・・。それはそうかもしれないですね。

杉森 そう勝手に思いついたわけですけど。

若原 よく言われる話かもしれないんですが、僕なんかもそうですけど、本当に自分が大学生だった頃って、いかに授業をサボるかとか、いかに自由な時間を使って遊んで、効率的に単位を落とさずに進級すればいいか、みたいなことを考えていた学生の方も少なくないと思うんです。
僕がまさにそうなんですけど(笑)。

そういう方でも、社会に出て働き始めると、学び直したいな、という気持ちが自然と湧いてくるみたいな。でも、もう社会人になっちゃったからそれはなかなか難しい、そんなジレンマっていろんなところで起こっている気もするんですね。

でも、そういう「K60」みたいな考え方で、まるっと包括的に考えられると、学びの必要性を感じたときに学び直せて、学んだことを必然性をもってまた社会に貢献する手段として使えるみたいな、そういうサイクルが上手く生み出せていけるような流れになると、本当にいいですよね。

杉森 そうですね。なので、私たちは今大学を作っているわけですけども、こうやって対話しながら、お互いの知識を交換しながら進めていくのは、「今」だから生まれたんですよね。

今ゼミをやっているような感じですよね。

未来を生きる子どもたちが編み直す「セーター」
対話から生まれるアイディア

杉森 だから、K60の大学や社会を作るためには、何という表現をすればいいんだろう・・。

ユナイテッドユニバーシティなのか、それともコミュニティと一緒になったものだから、シングル、ダブル、トリプルと行くと、そういった大きな編み直したセーターの形を型どっていったら何になるか?日本という形になればいいんじゃないかと。

国があるから、我々がいるんじゃなくて、私たちが何をしたいか?ということとの輪郭を形作ったとき、国とか私たちの社会になる。

その「枠組」というのは、地球ということなんでしょうけど。

今ほどオンラインでここまでつながって、私もこの間ボストンとかアメリカの専門職の方たちと、オンライン研修会、勉強会を何回もしてますけど、北米のほうが私と同じ考えを持っている人が、多いような気がします。
専門家たちの1,400人ぐらいのコミュニティがあるんです。

若原 それは日本と比較して、っていうことですか?

杉森 日本と比較して。日本にも1.7万人いるんですけど。

こういういろんなツール、反転授業、アクティブラーニングから始まって、今の遠隔授業とかオンラインというものを言い訳というか、機会にして、人と人が出会うために。言い訳ないと私たち、動けないんでしょうね。

若原 確かに。言い訳であり、大義名分であり、何か理由があると動きやすいというのはありますよね。

杉森 だから、「世直しです」「社会を転覆させましょう」と言ってやったってしょうがないわけです。

だってそれ、私たちの仕事じゃないですから。

でも、いろんな人と出会うために、こういったことをきっかけにして、
「そもそも、何したいんだっけ?」「どうありたいんだっけ?」「私たちが子どものときのレンズで見上げていた大人の社会って、ちゃんと僕らできているかな?」を問う。

一番大切なのは、未来から来た留学生である子どもたち、学生たちが本来の自分の生きる年代になったとき、自分の社会を作っていけるかどうか。

私たちは、子どもたちを未来から預かっているんですね。

だって、僕らが生きない時代を、生きる子どもたちなんです。それを、支えることしかできない。
私たち、今を生きることも大切なんですが、未来を生きる子どもたちのために今があるっていう。

今のステップ一つ一つ、人がつながって知識反応と知識ソースが生まれる。
その上には、彼ら自身が、子どもたちが編み直すセーターがフィットする未来があるんじゃないかなと思うんです。

こうゆう形で若原さんと話をしてきたことで、「あ、そうか」って、降りてくるというか。
知識反応って人と会わないと生まれないですもんね。

若原 確かに。話しながら生まれるアイディアってすごくあると思います。
いま結構、話がすごく大きく広がったなと思いました。

今後大きく見据えた未来に向けて、どういう第一歩を踏み出していけばいいのかなってゆうのが、重要なのかもしれないですね。

杉森 そうですね。なので今日が、たぶん50年後の1日目っていう。

若原 確かにそうかもしれないですね。

杉森 あとは、変化はもう始まっていて、はじまりの終わりっていう言葉があります。

もうとっくに世界は変わっていて、変わり終わったんだと。
今日昨日で変わり始めが終わってるので、だからもう変わってるんですね。みんな気づいちゃってるんですね・・

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最後までお読みいただきありがとうございます。

第2回は以上です。いかがでしたか?

杉森さんとの対談もいよいよ次回が最終回です。
第3回目のトークはこちらからご覧ください。

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トレジャーデータ株式会社

2011年に日本人がシリコンバレーにて設立。クラウド型データマネジメントソリューションを提供しています。日本では2013年から本格的に事業を展開し、デジタルマーケティングやデジタルトランスフォーメションの根幹をなすデータプラットフォームとして、すでに国内外400社以上の各業界のリーディングに導入いただいています。
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